救急室で働いていると、自傷で運ばれてくる患者が思っている以上に多いことに気づく。
精神科の既往がある人の割合は高いが、何の病歴もなく、ただその瞬間の感情に押しつぶされて自傷してしまうケースも決して珍しくない。そして毎回感じることだが、自傷とは決してひとつの形をしていない。薬物過剰摂取、裂傷、縊首、転落——方法の数だけ、結果もまったく異なる。
📋 目次
薬物過剰摂取 — 思った以上に多く、思った以上に危険だ
薬物過剰摂取の患者は、裂傷と並ぶほど頻繁に搬送されてくる。最も多いのは精神科薬の過剰摂取だ。睡眠作用を持つ薬の性質上、搬送時にはすでに意識が落ちていることがほとんどだ。
より危険なのは、精神科薬以外のケースだ。降圧薬や糖尿病薬の過剰摂取は一見軽く見えるが、実際にははるかに深刻な経過をたどることが多い。農薬や塩素系漂白剤などの化学物質の摂取も同様で、臓器への影響は規模も速さもまったく次元が違う。
治療の鍵は解毒剤だが、特定の物質に対して有効な解毒剤が存在するケースは、実のところ少数だ。多くは症状に応じて対処する対症療法に頼ることになる。バイタルが崩れたり、臓器損傷が懸念される場合には、血液透析が必要になることもある。
裂傷 — 外から見えるものがすべてではない
自傷による裂傷の大半は、手首や上腕をナイフで切って搬送されるケースで、拳でガラスを割って受傷して来院するケースも時折ある。
表層にとどまった傷であれば、救急室での縫合処置で完結する。だが、腕の解剖はそう単純ではない。腱・血管・神経は、想像以上に皮膚に近い位置にある。一見問題なさそうな傷が、実は手術を要する損傷であることも少なくない。表面がきれいに見えても、内側はまったく別の話をしていることがある。
縊首 — 足が地面に触れていたかどうかが分かれ目になる
縊首患者を評価するとき、最初に確認するのは足が完全に浮いていたのか、それとも地面に触れて体重が一部かかっていたのかだ。この一点だけで、予後は大きく変わりうる。
それ以上に重要なのは、発見までにかかった時間だ。酸素が途絶えれば、脳は数分以内に取り返しのつかないダメージを受け始める。早期に発見されれば回復の可能性はある。しかし発見が遅れた場合、あるいは心停止の状態で搬送された場合、話は根本的に変わる。CPRでバイタルを取り戻せたとしても、現実的に期待できる最善の結果が、重篤な神経障害であったり、介護を要する永続的な生活であったりすることがある。
その重荷は、そのまま家族の上にのしかかる。それがどれほどのものか、言葉にしなくても伝わるだろう。
転落 — 蘇生より確認が先になる場合
自傷目的の転落は、低い場所からであることはほとんどない。心停止で搬送された時点で、最初から蘇生の可能性がないと判断されるケースが多い。外傷が目立たず蘇生を開始した場合でも、その後の画像検査で脳出血や骨盤骨折による大量出血が明らかになり、救命に至らないことも少なくない。体は、経緯をそのまま表に出すとは限らない。
転落の中で、まだ余地があると言えるのは、川や水面への転落くらいだ。衝突のエネルギーが水によって一部吸収されるためだ。
蘇生が成功した場合でも、深刻な後遺障害が残ることが多く、縊首と同様、家族に長期的な重い負担を残すことになる。
医師も人間だ
自傷患者が搬送されてくると、精神的な消耗は大きく、業務量も決して少なくない。正直なところ、重いと感じる瞬間は今でもある。
私自身、最初はずいぶん苦しんだ。一件ごとに違う重さがあった。今はある程度対処できるようになったが、それが積み重ねてきた経験のおかげなのか、それとも静かに感覚が鈍ってしまっただけなのか、自分でもまだはっきりとはわからない。
ただ、確かなことがある。以前は傷の処置と転科で完結させていたのが、今は患者が話せる状態であれば「なぜそうしたのか」と聞けるようになった。再発を防ぐための短い言葉を、ほんの少しだけ届けられるようにもなった。小さなことかもしれない。それでも、「なぜ」と問われること自体が、誰にも気づかれていないと感じていた人には違って届くこともあると信じている。

では、なぜ自傷をするのだろうか?
話せる状態の患者にそっと理由を尋ねると、最も多い答えはこうだ。「あの瞬間、もう限界だった。」 感情が爆発し、衝動がすべてを上回った瞬間のことだ。次に多いのは、もっと静かな答えだ。「どうせ何も変わらない。」
前者には、まだ光がある。体が回復し、急性期の感情の嵐が過ぎれば、精神科治療を並行することで日常へと戻れるケースは多い。
後者は違う。体は治っても、生活の環境は変わらない。医療は傷を治すことができる。しかし壊れた家庭も、追い詰められた環境も、長年積み重なった絶望も、医療には手が届かない。そこには社会的・福祉的なサポートとの連携が不可欠だが、その連携が実際に機能しているかどうかは、また別の問題だ。その溝の前で、医師も無力感を覚える。
おわりに — 防ぐことのできる死
2024年、日本では小中高生の自殺者数が529人と過去最多を記録した。15〜29歳の自殺者数は5年連続で3,000人を超えており、若者の死因の第1位が自殺であることは、今や統計が明確に示している。世界的に見ても、この年齢層の死因の上位3位以内に自殺は入る。
医学の究極の目標は、死亡率を下げることだ。その観点から見れば、自傷と自殺は、社会的・家庭的な関心によって相当程度予防できる死だと私は思っている。
少子化・高齢化対策として出産支援策が次々と打ち出されているが、生まれた子どもたちが若くして命を絶つなら、その空白は数字では測れないものを残す。次の世代をつなぐはずだった人たちが、ここから消えていく。
自傷患者と向き合うたびに、この思いが繰り返される。この文章を読んだ人の中でただ一人でも、気になっていた誰かにもう一度目を向けてくれるなら、それで十分だ。
📚参考文献
– 厚生労働省・警察庁,「2024年自殺者数(確定値)」, 2025年3月.
– WHO, “Suicide Fact Sheet”, March 2025.
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